この人に聞く!vol.42
小原流浦和支部 加藤 蒼穹 先生
加藤 蒼穹 先生
1994年 4月 小原流入門
1996年12月 准教授取得
2014年 5月 一級家元教授取得
2019年10月 研修士取得
2018年から支部幹部として活動
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今月は、浦和支部の加藤 蒼穹先生をご紹介いたします。小学校や中学校の教員として忙しい日々を過ごしながら、いけばなへの情熱を絶やすことなく研鑽を積んでこられました。ポジティブでエネルギー溢れる加藤先生にお話を伺いました。

支部長の 影山 秋桜 先生にお話を伺いました
・浦和支部はどのような支部かお聞かせください
浦和支部は埼玉県内にある七支部の内の一つの支部です。浦和は埼玉県南部に位置し最寄駅は浦和駅です。浦和駅にはJR東日本の京浜東北線、宇都宮線(東北本線)、高崎線、湘南新宿ラインの4系統が乗り入れています。東京、新宿、横浜方面へダイレクトにアクセス可能な埼玉県内を代表する主要ターミナル駅です。
埼玉県連合会は昨年60周年を迎えました。我が支部も10月25日(土)、26日(日)創立45周年浦和支部地区花展を盛大に開催出来ました事は、会員一人ひとりと役員一同のお陰と心より感謝いたします。
浦和支部には、さいたま市・川口市・戸田市・蕨市・三郷市の会員が所属しています。会員数は70名ほどの小さな支部でございますが、一人ひとりのお顔が見えて、お声がけが出来るアットホームな支部です。これからも会員の皆様一人ひとりが、小原流いけばなを通して、元気に、明るく、楽しんでいけますように、又小原流いけばなの素晴らしさを、お花を知らない方々にも知って頂けます様に会員と役員一同一丸となって活動して参ります。
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ここからは 加藤 蒼穹 先生にお話を伺いました
小原流との出会い
・いけばなを始めたきっかけをお聞かせください
私が幼い頃、千葉県成田市の実家では、庭いじりが大好きな祖父が梅、紅梅、蝋梅、梅もどき、藤、椿、馬酔木、紫陽花、沈丁花、もみじ、南天、万年青、しゃが、猫玉、とくさ・・・などを庭に植えていました。どの季節でも、ままごとの際、泥で作ったケーキやアイスクリームに乗せるトッピングに困らなかったのをよく覚えています。今でも街なかで蝋梅や沈丁花の香りに出会うたびに祖父を思い出します。
祖父が亡くなると、花屋に勤めるほど花好きだった母が、庭の一部をイングリッシュガーデンに変え、季節の花を育てて楽しんでいました。家の中には、母がいけた花がいつも飾ってありました。母はいけばなを習っていた訳ではないので自己流ですが、いつもきれいだなと思って見ていました。日当たりの良い廊下では、モンステラ、アレカヤシ、ポトス、サンスベリアがよく育ち、まるでジャングルのようでした。母というと真っ先に思い浮かぶのが、家の内外でせっせと水やりや草取りをしている姿です。
大学からは実家を離れ、埼玉県浦和市(現さいたま市浦和区)で一人暮らしをしました。大学卒業後、埼玉県内で中学校の数学教師となって3年が経った頃、「仕事にも慣れてきた。教師の仕事は楽しいしやりがいがあるが、バタバタと忙しく毎日が過ぎていく。1週間のうちに強制的に静かに自分と向き合う時間を作らないと、バランスが崩れる」そう思い、書道・茶道・華道を始めました。

勤務先の中学校にて。卒業式前のいけばな講座
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茶道は正座に耐えられず、1年でやめました。30代になり、時間の捻出が難しくなった際、迷わず華道を選び、書道をやめました。なぜ華道を選んだのか。前述の通り、私には祖父や母から受け継いだ花好きの血が流れているから、花好きの素地があったからだと思います。
華道の中でも、なぜ小原流を選んだのか。「いけばなを始めよう」と思ったものの、どんな流派があり、どんな特徴があるのかも知りませんでした。当時はインターネットなどありませんから、家の近くの書店のいけばなコーナーに小原流、池坊、草月流・・・いくつかの流派の写真集が置いてあったので、片っ端からめくってみました。その中で、小原流の写景と琳派の美しさに目が釘付けになり、「小原流に決めた!」と、書店を出て駅へ向かって歩き、お花屋さんに着くたびに「小原流を習いたいのですが、先生を知りませんか?」と尋ねました。他の流派を紹介されたり、小原流でも私が通える時間帯にお稽古がなかったり。決まらないまま、とうとう駅を通り越して反対口に出たところ、最初に入ったお花屋さんで「小原流を習いたいのかい?それならいい先生がいるよ」と言われ、巡り合ったのが最初の先生、中村豊汐先生でした。
中村先生の教室はお花屋さんのビルの3階にあり、お花屋さんでいけたい花をじっくり選んだ後、好きな器にいけることができました。それが取り合わせの勉強につながったと思います。
余談ですが、教授者研究会の筆記試験で「『ひらく』の取り合わせ」などが出題されると「先週のお花屋さんの店内の様子」が頭の中に残っているのですぐに思い浮かべることができ、季節がちぐはぐになることもなく、取り合わせが得意分野になりました。

.2929才の時、イギリス・ダラム市の中高一貫校で1年間日本語教師として勤務。
左は校長と。右は近くの小学校で折り紙講座を開いた時の様子。
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研修課程
・お仕事でお忙しいなか、研修課程を受講されたとお聞きしました
お花が大好きで楽しくて「上手になりたい!」と思い、研修課程に挑戦することに決めました。ちょうどこの頃、中村先生が引退されることとなり、「あなたのことは地脇先生にお願いしてあるからね」と現在お世話になっている地脇三芳先生に繋いで頂きました。豪快で大胆な作風の中村先生と、踊りを舞うように優雅な作風の地脇先生。お二人に師事できて、私は本当に幸運です。
研修課程では、1時間目の作品をいけ終わると即、別の階へ移動して2時間目の作品をいけます。いけ終わった頃には1時間目の採点が終わっているので、戻って指導を受けます。これを1日4科目、Ⅰ期なら研修・考査で5日間。心身共にハードですが、中身の濃い・充実した・贅沢な時間でした。
多くの受講者が同じホテルに泊まっているので、朝食や夕食の際にも「これが出たらどういける?」「こうかな」「私は先生からこう教わったよ」とお花の話になります。控室での休憩時間にもお花の話。ホテルに宿泊しているので、掃除・洗濯・料理もせず、朝起きてから夜寝るまで本当にお花のことしか考えない、お花とどっぷり向き合う日々で、夢のようでした。同じ目標に向かって共に頑張る仲間が全国にできたことも何よりの財産です。
研修Ⅱ期の入学願書「研修課程Ⅱ期への抱負」には次のように書きました。
「いけばなを始める際、様々な流派の本を見比べて、小原流を選んだ。自然の一部を切り取ってきて水盤の上に表現したかのような写景や琳派の美しさに心惹かれたのを覚えている。その時から今まで、小原流を選んで本当に良かったと思っている。大好きな小原流と関わっていく以上は、きちんとした理論や技術を身に付け、自信をもっていけられるようになりたい。また、将来的には講師の資格を得て、自分の教室ももち、広く、いけばなの楽しさや小原流の良さを伝えていきたいと考えている。Ⅰ期では、朝起きてから夜寝るまで、お華のことだけを考えて過ごすことができて幸せだった。今回もまたその幸せを噛みしめつつ、多くのことを吸収したいと考えている。」
毎年研修を受けたかったのですが、大事な学校行事と日程が重なったり、中国の広州日本人学校に3年間派遣されたりして、泣く泣く参加を諦めたことが何度もありました。特に、中国からの帰国後は、教育委員会に勤務したり、管理職(教頭・校長)になったりしたこともあって、休みが取りづらくなりました。それでも、「今年は春だけ/秋だけ受講」ということが可能だったおかげで、少しずつでも先に進むことができました。こういう理由で他の人よりもかなり時間がかかりましたが、無事研修Ⅲ期終了まで辿り着くことができました。今年、夏冬コースを受講します。

40~42歳の頃、中国・広州日本人学校に派遣。
写真は中学2年生担任時に北京修学旅行へ行った時のもの(万里の長城)
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研修では、夢中でお花をいけている最中に、ふと笑顔になっている自分に気づく、ということが何度もありました。「ああ私は今、楽しくて仕方がないんだな」そう思うとさらに嬉しく楽しく幸せになりました。
以前、研修Ⅰ期の案内パンフレットに「まわる」のいけ込み中の写真が載っていましたが、そこに私が写っています。地脇先生が「楽しそうにいけているあなたの姿が目に留まったんじゃない?」と仰いましたが、そうだといいなと思います。
お花漬けの日々を送れる喜びを、1人でも多くの方に味わっていただきたいです。研修課程への参加を心からお勧めします。

研修Ⅰ期のパンフレット(平成17年のもの。1番奥に写っているのが加藤先生)
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地区別教授者研究会
地区別教授者研究会には、「資格進級の年数が短縮される」という特典に飛びつき、三級家元教授に進級した年から参加し始めて以降、海外赴任時を除いて毎年出席しています。初参加の時、実技で「75点」という支部研究会では見たことがない点数に驚き、同時に発奮したのを覚えています。継続は力なり。目標点数は80点、85点、90点、95点...と徐々に上がっていきました。暗記が苦手な私は筆記でも苦労していますが、それでも層を重ねるように知識が定着していき、だいぶ点数が取れるようになってきました。「本当に、何事も継続は力なりだなあ」と実感しています。
地区別教授者研究会にて盛花優秀花、総合成績優秀賞を獲得(2022年3月東京前期)
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「笑楽幸(しょうがっこう)」に咲く、笑顔の花
・お勤め先の学校でもお花をいけているそうですね
今は埼玉県内の小学校で校長をしています。私の学校では、小学校→笑楽幸(しょうがっこう)、校長→好調(こうちょう)の字を当てています。笑顔があふれ、子供たちも職員も「学校が楽しい!」と思えて、〇〇小に関わる人(子供たち・職員・家庭・地域)みんなが幸せ。そんな「〇〇笑楽幸」を目指しています。自己紹介の際は「〇〇笑楽幸の絶好調先生こと、加藤智美です!」と説明をつけて言うことにしています。
土曜日のお稽古でいけた作品は、月曜日、学校の職員玄関や子供たちの昇降口に飾ります。家に飾るよりも学校に飾った方が、たくさんの人に「きれいね」と言ってもらえて花も嬉しいだろうと思うからです。少しでも関心をもってもらえたらと思い、花材名を書いた付箋紙を添えています。
休み時間にいけていると、通りかかった子供たちが足を止め、じっと眺めながら、「それは何ていう花?」「(さんご水木)何で赤いの?色を塗ったの?」「なんでお水の中で茎を切るの?」など次々聞いてくるので、丁寧に答えるようにしています。
学校のビオトープの蓮をいけました。巻き葉が1本しか手に入らず、右の方は省略してあります。
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前任校では、正門から職員玄関までがとても近かったので、「いけばなの作品が見えたから」と、近くに住むお花好きの方が見に来られ、それ以降定期的に来校されるようになりました。「お庭で育てたの。良かったらいけて」と、ジンジャーの花や小菊などを頂くこともありました。
今の学校では、朝子供を送ってくる保護者数名が、「いつも楽しみにしています!」と玄関のお花を見て帰ります。職員もよく見てくれていて、作品のそばに花展のチケットを置いておくと、お花好きの職員が来場してくれます。県の教育委員会の視察の際、「『この学校へ行くと、玄関に必ずいけばながあって、校長先生がいけているそうだ』と聞いていたので、楽しみに来ました」と言われたことがあります。花材の一部が悪くなってくると、プリンやジャムの小さな瓶に元気な花材だけで小さくいけ直し、トイレや職員室の机上などに置いています。
今の学校では、教室棟と管理棟をつなぐ長い渡り廊下(両サイドに窓があってとても明るい、私の一番のお気に入りの場所です)の窓辺に、左右ジグザグに7か所、この瓶を置いています。ハロウィンやクリスマス・お正月バージョンの時もあれば、学校の紫陽花や山茶花などの時もあります。
子供たちはよく見ていて、「渡り廊下のお花は好調先生がいけてるって担任の先生から聞いたよ。かわいいね」「この実(榛の木)欲しい。ください」など話しかけてきます。

学校の渡り廊下に置いたもの。左からお正月・ハロウィン・クリスマス
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先日の学校だより2月号には「夢中になれるものはありますか?私にはあります。いけばなです」という題名で、いけばなの話題を載せました。2月の全校朝会でも同じ話をし「皆さんも夢中になれるものが見つかるといいですね」と締めくくりました。この後数日間は、登校時の正門や休み時間の廊下で「あ、お花の先生だ~っ!(小2男子)」と手を振られたり、「玄関のお花が悪くなってくると、元気な部分だけ使って小さくいけ直したものが渡り廊下に置いてあるって言ってましたけど、小さく切ると悪くなるのが早くなる気がして。そんなことはないんですか?(小6女子)」と質問されたりと、お花の話題が続きました。ある担任の先生からは、「先生がいけているところを子供たちと一緒に見学させて頂いてもいいですか?」と聞かれ、「もちろん!」とふたつ返事で教室にいけてあげる約束をしたところです。

卒業式・入学式の壇上花も私がいけます。「皆さんのことを思いながら、心を込めていけますね」と毎年卒業生に話しています。中学校の数学教師だった頃は、部活でいけばなを教え、文化祭で玄関に子供たちの作品を飾ったり、卒業式前、卒業生に好きなようにお花をいけてもらい、受付から会場となる体育館まで(卒業生と保護者の通り道)を飾ったりしました。「勤務時間後にお華を教えて!」と頼まれ、職員の華道部を作ったこともありました。校長職となった今は、残念ながらそこまでの余裕がありません。
このように、学校ではお花を披露する機会がたくさんあり「良い趣味を見つけた。仕事で生かせる」とつくづく思います。会社や家庭ではそこまでスペースを使えないかもしれませんが、ちょっとした一輪挿しを置くだけでも、生のお花があると違うと思います。


写真上:卒業式の壇上花
写真下:余った花を受付やトイレ・教室などに置きます。このほか、来賓控室にも瓶花をいけます。
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支部活動
・支部での活動を教えてください
本科の時から研究会に出始め、2001年からスタッフとして受付係と会場係を担当しました。2018年から幹部、2025年からは正会員係を担当しています。
支部での思い出というと、貸切バスで行田まで古代蓮を見に行ったこと、中村豊汐先生のご指導で陶芸に挑戦し、自作の花器を作ったこと、青年部のみんなでパーツを作って花展で合作を披露したこと...など、たくさんあります。
月に一度の研究会に向けての緊張感や、点数に一喜一憂すること、地区花展のいけこみでの和気あいあいとした雰囲気や終わった後の達成感は、人生にメリハリと彩りを与えてくれています。何より、お稽古仲間の他に研究会でも「花好き仲間」ができることを嬉しく思います。

2025年浦和支部地区花展の作品(学校のざくろをいけました)
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小原流の魅力
小原流を始めて32年になりますが、やめたいと思ったことは一度もありません。様々な流派が集まる花展へ行くたびに「小原流で良かった」と思います。私が考える「小原流の魅力」は次の3つです。
1つ目は、花意匠、様式、琳派調、写景自然、自由表現・・・といった表現区分の多さです。
そして盛花も瓶花も、和花も洋花も受け入れる懐の広さ。飽きることが全くありません。
2つ目は型の美しさ。たてるかたち・かたむけるかたち、直立型・傾斜型・観水型、様式。きちんと入ると本当に美しい。音楽もいけばなも、「時代を超えて長く残るもの=本物」はやはり美しいと感じます。
最後に、様式など伝統的ないけ方「不易」の部分と、花奏・水鏡の景など進化させていく「流行」の部分の両方を備えているところも素晴らしいと思います。
これから
諸先生方を見ていると、「道」に終わりはなく、一生勉強なのだなとつくづく思います。
今後の目標は、大好きな小原流いけばなを、自信をもっていけられるよう精進し続けること、そしていけばなの楽しさ・小原流の素晴らしさを次代に伝えていくことです。頑張ります!
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